大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所川崎支部 昭和45年(ヨ)199号 決定

申請人 甲野一郎

右訴訟代理人弁護士 小泉征一郎

右同 兼田俊男

被申請人 日本鋼管株式会社

右代表者代表取締役 槇田久生

右訴訟代理人弁護士 高井伸夫

右同 高梨好雄

主文

一、本件申請を却下する。

二、訴訟費用は申請人の負担とする。

理由

第一、当事者双方の求めた裁判

一、申請人

1、申請人が被申請人に対し、雇用契約上の権利を有する地位を仮に定める。

2、被申請人は申請人に対し、昭和四五年七月一日から本案判決確定にいたるまで、毎月二二日限り一ヵ月金四万三〇〇〇円を仮に支払え。

3、訴訟費用は被申請人の負担とする。

二、被申請人

主文同旨。

第二、当裁判所の判断

一、当事者間に争のない事実

申請人が昭和四三年四月一日被申請会社に入社し引続き右会社京浜製鉄所に勤務して来たものであること、申請人が昭和四四年一〇月二一日、国際反戦デーの行動に参加し公務執行妨害の現行犯として東京都内で逮捕され勾留後起訴され、昭和四五年六月二六日にいたり保釈決定によって身柄の拘束をとかれたものであること、申請人が前記逮捕後の昭和四四年一〇月二九日の時点で被申請会社に対し欠勤について届出をしたこと、被申請会社における労働協約第四五条第三号、就業規則第六〇条第三号は、右会社が「事故欠勤引続き二ヵ月以上の者で解雇を適当と認めたとき」は右該当者を普通解雇できる旨規定していること、被申請会社が、昭和四五年一月一二日、申請人に対し、申請人を右労働協約第四五条第三号、就業規則第六〇条第三号に該当するものとして同月一七日をもって普通解雇する旨の意思表示をしたこと。

二、争点についての判断

1、≪証拠省略≫を総合すると、次の各事実が一応認められる。

(一)被申請会社における従業員の欠勤は、その理由から見て「傷病欠勤」と「事故欠勤」に、その手続から見て「届出欠勤」と「無届欠勤」に、それぞれ分類されそれに応じて処理されて来たものであり、「傷病欠勤」以外はすべて「事故欠勤」に包摂され処遇されるものである。

(二)申請人は、昭和四四年一〇月二一日、被申請会社を無断で欠勤し被申請会社に対し何等の届出もなさず、したがって被申請会社において申請人がいかなる理由で欠勤しているか不明のまま、申請人の欠勤が継続された。

(三)被申請会社は、同年一〇月二九日にいたり、弁護士作成にかかる申請人の休暇届を受け取り、それによって初めて、申請人が同月二一日の国際反戦デーの行動に参加し逮捕勾留されていることを知ったのである。

(四)申請人の勾留が、昭和四五年一月になるも依然継続されているところから、被申請会社は申請人の取扱いにつき検討を加えるにいたり、検討の結果、申請人の連続欠勤は、被申請会社における労働協約第四五条第三号就業規則第六〇条第三号に該当するものとし、前記のとおり申請人に対し本件普通解雇の意思表示をしたものである。

(五)被申請会社は、申請人の右解雇を、当時申請人の所属した鉄鋼労連日本鋼管鶴見労働組合(現鉄鋼労連日本鋼管京浜製鉄所労働組合)に通知したところ、右組合も申請人の本件解雇につき検討のうえ、申請人の前記欠勤は、前記労働協約第四五条第三号に該当し、申請人の解雇はやむなしと結論するにいたった。

2、≪証拠判断省略≫

3、右認定事実に基づけば、被申請会社が、申請人の本件逮捕勾留それに続く起訴に起因する欠勤を前記労働協約、就業規則所定の「事故欠勤引続き二ヵ月以上」に該当するものと認定したのは正当と認められ、右見解に反する申請人の主張はすべて理由がない。

4、本件普通解雇事由を定めた前記労働協約、就業規則所定の「解雇を適当と認めたとき」の判断資料は、当該欠勤と直接関係ある事情に限定されず、当該従業員の入社以後の勤怠等当該欠勤にいたるまでの勤務状況をも含むと解するのが相当である。

(一)申請人の本件欠勤が無断欠勤で開始されたことは前記認定のとおりであり、その原因が、申請人の本件逮捕勾留それに続く起訴にあることは前記のとおり当事者間に争のないところである。

(二)≪証拠省略≫を総合すると次の各事実が一応認められる。

(1)申請人は、昭和四三年四月一日、被申請会社に入社したものであるが、右入社時から翌昭和四四年三月までの一年間、修習生として被申請会社教育訓練部において計測機器に関する教育を受け、昭和四四年四月一日付をもって被申請会社京浜製鉄所工事部計装整備課に配属されたものである。

(2)申請人の昭和四三年四月から同四四年三月までの一年間における出勤状況は欠勤五日遅刻二回で、申請人と同じ計装コースに在籍する者四五名中欠勤六日、遅刻六回を行った者に次いで最下位から二番目に位置付けられるものであった。

(3)申請人の昭和四四年四月から本件欠勤開始にいたるまでの出勤状況は、欠勤三日遅刻二回で申請人と同一課に配属された者二九名中最下位から二番目に位置付けられるものであった。

(4)申請人は、前記計装整備課へ配属されてから後、職場の上司、同僚との間で協調性を欠き、年次有給休暇をとる際にも、また欠勤する場合にも所属職場の作業状況等に配属せず自己中心的に振舞い作業態度にも真摯なところが欠け、それが作業能力の低下として現われて来ていたものである。

(5)被申請会社は、昭和四四年一〇月能率給更改にあたり、申請人と同期に入社した者に対し、同年四月から九月までの作業遂行能力、勤務態度、作業成果を対象として入社後初めての査定を実施したが、申請人の成績は、申請人と同期に入社した者中、また同一課に配属された者中最低点であった。

(三)≪証拠判断省略≫

5、右認定事実に基づけば、被申請会社が申請人につき、前記労働協約、就業規則所定の「解雇を適当と認めた」のは正当であり、右見解に反する申請人の主張は理由がない。

6、申請人は、本件解雇は被申請会社において、申請人が反戦平和思想の持主であり、その思想の表現として反戦行動に参加したことを知り、そのような思想の持主を職場から追放することを唯一の狙いとしてなされたものである旨、また本件解雇は右のとおり反戦思想の持主である申請人を企業から排除することを企図した悪質な反法行為であり、しかも被申請会社は申請人の本件欠勤により業務の運営上何等支障を来たしていない。一方申請人は賃金を唯一の生活手段とする労働者であり、本件解雇により生活の場を奪われ、苛酷な生活状態に陥入られた。かかる事情を総合すれば、本件解雇は苛酷に過ぎ解雇権の濫用である旨、それぞれ主張し、本件解雇の無効を主張するが、申請人の右各主張事実は、本件全疎明資料によるもこれを疎明するにいたらない。

7、(一)申請人は、本件解雇において、申請人の従前の勤務状況等に関する解雇理由は申請人に告知されていないから、本件解雇は違法たるを免れない旨主張する。

(二)≪証拠省略≫によれば、被申請会社が、申請人に対してなした本件解雇の通告においては、申請人の行為からもたらされた本件欠勤は、被申請会社における前記労働協約、就業規則の条項に該当するほか、右労働協約第四二条第一号、就業規則第八七条第一号の「前条各号の行為(本件の場合は労働協約第四〇条第一四号、就業規則第八五条第一四号の「正当な理由なくして遅刻、早退、欠勤をしたとき」)が再度におよぶか、または情状とくに重いとき」、同労働協約第四五条第二号、就業規則第六〇条第二号の「出勤つねならず、従業員の職責を果しえないとき」、同労働協約同条六号の「刑事上の罪を犯し解雇を適当と認めたとき」にも該当するものと考え、被申請会社において申請人の行為と欠勤について種々検討した結果労働契約を継続させておくことは不適当と判断し、前記のとおり労働協約第四五条第三号、就業規則第六〇条第三号により申請人を解雇する旨通告されていること、右通告は、申請人の本件欠勤につきその取扱いを被申請会社において、申請人の従前の勤務状況等をも斟酌したうえで種々検討し、結局申請人は被申請会社の従業員としての適格性を有しないものとの結論に達し、そのうえでなされたものであること、がそれぞれ一応認められる。

(三)右認定にかかる本件解雇の通知がなされるまでの経緯および解雇通知書の内容に照らせば、被申請会社が、申請人に対し、本件解雇通知書において、最終的に前記労働協約第四五条第三号、就業規則第六〇条第三号所定の普通解雇事由の存在を明示している以上、右解雇事由の性質からその判断に達するまでの間申請人の従前の勤務状況をも判断の資料として斟酌した旨を集約した形で通知しているものと認められ、右見解に反する申請人の主張は採用できない。

8、また申請人は、次のとおり主張する。昭和三五年六月の所謂ハガチー事件に関連して発生した被申請会社とその従業員の解雇事件において、被申請会社は二ヵ月以上にわたって長期間勾留されその間被申請会社を欠勤した従業員等に対し、その就業規則に定める「不名誉な行為をなして会社の体面を著しくけがしたとき」を適用して懲戒解雇にしたのであり、右従業員等に対しては、本件申請人の解雇事由たる「事故欠勤引続き二ヵ月以上の者で解雇を適当と認めたとき」の規定は適用していないのである。しかるに本件申請人に対してのみ勾留による欠勤についてあえて事故欠勤の規定を適用したことは被申請会社自身の過去における前記行動に矛盾している。これは信義則に著しく反するものである。

しかしながら、申請人の主張自体から明らかなとおり、所謂ハガチー事件に関連する解雇事件は懲戒解雇であり本件解雇は普通解雇であり、適用された就業規則の条項もそれぞれ異なるのである。したがって、前者であるハガチー事件に関連する解雇事件に事故欠勤に関する規定を適用せず、後者である本件解雇事件につき事故欠勤に関する規定を適用したからといって、それから直ちに、両者間に矛盾が存しそれが信義則に反するとは認め難い。よって、この点に関する申請人の前記主張もまた採用できない。

9、右認定して来たところにしたがえば、結局、被申請会社が申請人に対してなした本件普通解雇は正当と認められる。

三、結論

以上の次第で、申請人の本件申請は、被保全権利の存在の点で既に理由がないから、申請人のその余の主張につき判断するまでもなく、理由がないことになり認容すべくもない。

よって、これを却下し、訴訟費用の負担につき、民訴法第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 鳥飼英助)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例